元BSN 新潟放送代表取締役専務・(一財)東京新潟県人会館理事を務められている、林 敬三氏をお招きして講演会「卓話の時間」を開催いたしました。
本記事では講演会の様子をお届けいたします。
卓話者:林 敬三((一財)東京新潟県人会館理事)
日時:3月11日(水)
場所:ふれあいふるさと館(県人会館)
卓話者プロフィール

1944年 新潟市生まれの81歳、県内6小中高校を経て1968年早大第1文学部社会学専攻卒業、(株)新潟放送入社 ニュース取材、ドキュメンタリー制作にあたり報道部長、2000年取締役東京支社長、2002年常務取締役、2004年代表取締役専務、専務6年間のうち1期2年間は新潟日報事業社の非常勤監査役を兼務、関連会社会長を経て2012年退任。以来14年間東京在住。
県内の地域紙=7年間毎週2000字のニュース解説を執筆、モットーは「生涯一記者であること」。
卓話の内容は記者時代の取材こぼれ話、めぐみさん拉致事件、田中角栄取材記、現在の新潟県、東京都人会への感想など。
林 敬三氏による過去の特別寄稿は下記よりお読みいただけます
・【特別寄稿】「角さん」は映画「七人の侍」にそっくり
横田めぐみさん拉致事件と北朝鮮取材の記憶
1977(昭和52)年、新潟市の中学生・横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された事件は、今なお解決の糸口が見えない重大問題となっています。私が北朝鮮の「平壌」を訪れたのは、その2年後の1979年10月。戦後25年間続いた在日朝鮮人の北朝鮮帰国事業の20周年記念として、自民党から共産党までの超党派訪朝団10数名に、新潟放送の私とカメラマン、新潟日報の記者が同行取材したものです。もちろん、当時は、めぐみさんが平壌にいるなど全く知る由もありませんでした。
私たちは、「日航機・よど号」ハイジャック事件の首謀者とされた田宮高麿容疑者(新発田市出身)との面会を再三再四、要求しましたが、北側は全く応じませんでした。
取材は、通訳兼監視役のような人物の指示で、訪朝団の動向や北に帰国した裕福な家族、小ぎれいな工場、整った街並みなど“見せたい場所”ばかり、北朝鮮の宣伝色の強い内容でした。平壌到着早々の健康診断も、監視と圧力の象徴のようで、薄気味悪さを覚えたものでしたが、「北に滞在する限り俺達の言うことを聞け」という圧力だったのでしょう。帰国後のリポートは「平壌の夕日は美しい」などといったトンチンカンなものになって、結局、北朝鮮に騙されて利用されたことになってしまいました。
今思えば北朝鮮の宣伝に利用された内容になってしまい、長い記者生活の中でも大きな反省として、今も心に残っています。北朝鮮は、日本を含む10数カ国で拉致事件を起こしながら、世代交代もあって真相解明に応じる姿勢はありません。
「もう終わったことだ」と不誠実な対応を続けています。
小泉首相の訪朝で拉致被害5人が帰国したものの、その後は進展がありません。高市新政権がどう取り組むのか、めぐみさんを始め全員の生還を願うばかりです。
また、9万人以上の在日朝鮮人を「地上の楽園」として送り込んだ日本政府と言っても、誰一人として責任を取っていないことを指摘しておきたいと思います。
田中角栄元首相の人物像と評価
田中角栄元首相は、実行力と政治手腕から「昭和の巨人」と呼ばれる存在です。
数年前、たまたまテレビで黒澤明監督の名作『七人の侍』を見て。角さんと農民の関係が重なって見えました。
映画は、戦国時代の貧しい農村が舞台です。毎年収穫期に盗賊が襲来しました。農民たちは野武士のような「七人の侍」を雇って盗賊を退治します。雇われた七人の侍に4人の犠牲者が出ましたが、勝利した農民たちはうまくやったと洞窟に隠していた酒を持ち出し、どんちゃん騒ぎ。七人の侍の親分格である名優「志村喬」は生き残った侍に対し「俺たちが勝ったのではない。農民が勝ったのだ」とつぶやき、映画は終わります。
角さんは、戦後の混乱期に徒手空拳で政界に飛び込み、開放的な性格と決断の速さで頭角を現しました。そこに期待を寄せたのが、越後の農民たちでした。「これからは生活を向上させ、農村を豊かにするのが民主政治だ」と、戦前から小作争議を繰り返してきた農民と若い代議士が手を結ぶのは自然な流れでした。
日本農民組合の看板は次々と角さんの後援会「越山会」に掛け替えられ、会員数9万人以上という全国最大の後援会に成長します。農民たちが求める道路や橋などの公共事業を国から獲得するたびに票が増え、その積み重ねが総理大臣への道を開いたのです。
角さんは演説で「政治はこの日本の国土をどうするかだ。その覚悟のない政治家は頭でっかちの学者か坊主になって念仏でも唱えていればいい。政治はこれ日々現実のものだ」と語っています。現実主義の政治家としての矜持が表れています。
一方で、冷静に「昭和」を見直す著作が多い評論家である保阪正康氏は角さんのことを「学歴のない庶民宰相の田中は思想も哲学も先人を受け継ぐことない思想なき社会主義者」と位置づけています。
私は角さんを保守改革派と見ていましたので、この大胆な評価には驚きました。野党の要求を取り入れた予算編成や、教員給与の引き上げなど、従来の保守政治家とは異なる側面があったからです。
また、保阪さんは角さんをアメリカと一定の距離を置いた政治家として評価しています。総理に就任早々の日中国交回復は、アメリカを完全に出し抜いたものです。私が同行した外遊で、中南米、アメリカ、カナダ訪問に地元マスコミ枠があったので同行しましたが、途中、アメリカに寄ったもののニクソン大統領やキッシンジャー国務長官など首脳陣に会うこともなく、カナダへ向かいました。
異例の対応で執念深いキッシンジャーの恨みを買い、後のロッキード事件に繋がったとの見方もあります。
「今太閤」「闇将軍」「金権政治家」と毀誉褒貶の激しい人物。これほど評価の落差が大きい総理経験者はいません。戦後激動の時代を自らの才覚で駆け抜けた「昭和の巨人」の評価は、33回忌(昨年)を過ぎて定まらないままです。
ふるさと新潟の課題とこれから

新潟県も急激な人口減少に直面しています。私が現役の頃は、県内の市町村の数が114もありましたが、現在は30にまで減りました。
自治体の行政能力の低下も懸念されますが、最近は、公共機関や商店街を町の中心部に集め、住民がまとまって暮らす「集約・集住」の考え方が提案されています。集落をコンパクトにすれば生活の利便性が高まり、子育て環境も改善する可能性があります。
しかし、長年住み続けた家や集落を手放すことは容易ではなく、現時点では実現性に課題があります。ただ、人口減少や少子化がさらに進めば、将来的には避けて通れない選択肢になるかもしれません。
東電の柏崎刈羽原発は、昨年11月に花角知事が7号機の再稼働に同意し、営業運転が近づいています。すべてが稼働すれば世界最大級の原発基地となりますが、安全性への懸念や、電力が関東地方に送られることへの不満もあり、県内では賛否が分かれています。自民党が圧勝した2月の総選挙後、花角知事は3選出馬を表明しました。野党候補は未定ですが、5月に予定されている知事選は原発問題が争点となる全国注目の選挙になるでしょう。
結び
記者時代は時ダネを追い求めて、抜いた抜かれたの毎日でした。新潟県は北陸3県分の人口と面積があるとされ、地元紙や全国紙は、優秀な記者が多く、悔しい思いをすることも多々ありました。
取材相手は生身の人間です。ニュース取材の多くは人を取材するものです。その多くの人達が多彩な分野で活躍し歴史が綴られていくのでしょう。記者は知識欲と人間関係が大切だと思います。
わたしは、2年前に東京新潟県人会に入会しましたが、会員数・活動内容とも全国一といわれるだけあって、各界の達人が集う素晴らしい会です。私は、これからも50年間の放送記者経験を活かし、県人会やふるさと新潟のために尽くしたいと思います。

講演会の終わりに多くの質問が寄せられ、どれも丁寧かつ的確に応答されて、理解がさらに深まりました。
また、卓話の二次会として有志による交流懇願会を「吉池」で開催、17名が参加して卓話の余韻に浸りました。
(文責:及川恒夫/会報誌:2026年5月号掲載)
