【第40回新潟プレミアサロン】“阿賀北、加治川とともに生きる”―植樹100周年の桜の名所がつなぐ人・未来―

にいがた情報

主催:新潟県知事政策局広報広聴課広報戦略室
日時:2025年9月16日(火)16:00~18:30
会場:銀座・新潟情報館 THE NIIGATA 3F

桜の名所・加治川とともに生きる地域の人たちにスポットを当てる

今年は「昭和100年」――。
第40回新潟プレミアサロンは、「植樹100周年」を迎えた桜の名所・加治川の「復元」などの地域活動に取り組んでおられるお三方を招き講演、トークセッションに登場いただく。
会場には、新発田地域の様々な情報展示。そして、地域の美味しいものも多数用意され、参加者との親密な交流・交歓の場となっておりました。

◉講演◉

加治川堤の桜 百年物語 〜加治川とともに生きる〜
鬼島 正之 さん

(加治川を愛する会 会長)
※講演内容はページ下部に掲載

◉トークセッション◉ ~加治川地域をつなぐ取組についての意見交換~

間藤秀一さん
(加治川桜・越後の姫まつり 実行委員会 事務局長 株式会社マトー代表取締役)

2022年、仲間数人と「加治川桜・越後の姫まつり」を企画。地元の誇り加治川の桜、特産品のブランド苺「越後姫」を地区内外に広く発信。「世界いちご早食い選手権」などのユニークなイベントもある。

◉コーディネーター◉
山崎まゆみ さん
(跡見学園女子大学兼任講師・温泉エッセイスト)

毎回、絶妙なコーディネーター役を果たしておられます。

五月女奈緒美さん
(道の駅加治川駅長 株式会社三福運輸代表取締役)

2022年、道の駅の指定管理者・駅長に就任。地域に根差
し、地域から愛される道の駅にするために、地元の小学生や地元住民が参加できるイベントを企画実施。
CAの経験を活かし、おもてなし№1の道の駅を目指す。


◉会場の様子◉
◉講演要旨◉

『甦れ世界一の桜』―加治川提桜「百年物語」― 鬼島 正之

一、はじめに
本日は、かつて世界一の桜と謳われ、今年100年を迎える「加治川桜百年物語」について話をさせていただきます。
私共の母なる川・加治川は、新潟県の北部・北蒲原郡に位置し、飯豊山系御西岳を源とし、新発田市、聖篭町を還流し日本海に注ぐ延長66.1キロ、新潟市の一部を含む流域面積346.3平方キロの二級河川です。

二、蒲原の郷土の水との闘い
私共の郷土の歴史は、水の恩恵を受けつつも、正に水との闘いの歴史そのものでした。
江戸の中期、人口が増え、食料不足で餓死する人が出るなか「新田開発奨励策」に乗り「紫雲寺潟干拓」が行われました。
落堀川の開削で紫雲寺潟の水は日本海に排水され、多くの水田が生まれましたが、干拓により水の調整機能が低下し以後も水害が頻発し続けました。
しかし、1896年(明治29年)の大災害を契機に、合意が形成され、日本海へ真っ直ぐ分水する開削工事が起工(4.9
㎞)され、1913年(大正2年)竣工しました。

三、初代・加治川堤桜の誕生
大正3年、永年の懸案・分水路の竣工を記念し、「桜を植えよう」という提案が、北蒲原郡長・江口英房さんからなされ、分水路を中心に2500本植える計画が生まれました。
ところが、大正天皇の御即位記念で全国の桜の植樹熱が高まったこともあり、地元・上館の住民「古屋宗太」さん熱意ある提案で「五十公野山麓まで6000本植樹」案が、沿岸住民の勤労奉仕もあり、短期間で実現することになりました。

四、育樹、普及の時代
大正11年、水害予防組合だけでは容易でないと「財団法人加治川保勝会」が立ち上がりました。そして、大倉喜八郎、土田亦次郎、市島徳厚さん…など豪商・豪農の寄付、水害予防組合の拠出金、計21000円(今の金額で約2億4千万円)の基金集まりました。
市島春城氏(早大初代図書館長)は、「我が郷土に絶景が生まれた」と絶賛。山下清さん(裸の大将)は「こんな美しい桜は見たことがない」と、エッセイで紹介しています。

五、世界一の桜に育つ
植樹された桜6100本は立派に育ち、加治川に花見客が列をなす時代を迎えました。新潟駅、新発田駅をはじめ各地から観光バスが紫雲寺橋を目指し、県道に縦列駐車、その長さが1㎞以上になる程でした。国鉄でも、昭和9年〜昭和39年まで30年間にわたり羽越線の加治川鉄橋に「加治川仮乗降場」を設置しています。

六、「加治川の桜」終焉の時
戦時中、自慢の桜が大量に伐採されるという悲しい出来事もありましたが、1966年(昭和41年)、67年、2年連続の下越、羽越の水害により、河川改修方針が固まり、1971年(昭和46年)から72年にかけて順次伐採が行われました。
「連年水害は人災なり」と、被災民による水害裁判提訴も起こりました。
この裁判沙汰もあり、復元希望にOKがでるまで10年余かかることになりました。

七、社会風潮の変化で復元へ
潤い、安らぎを求める価値観、親水の重要性を認める考え方が社会に浸透。
1982年(昭和57年)、加治川提桜復元促進市町村連絡協議会(新発田市、紫雲寺町、聖篭町、加治川村)を立ち上げました。1984年には紫雲寺町で「加治川治水記念公園設置条例」を制定。同年、日本さくらの会より1000本の桜の寄贈を受け、治水記念公園に600本植栽ができました。

八、地域住民の関心の高まり
県が主体となり、「国の桜づつみモデル事業」の認定。加治川の本格改修で運河水門の役割を終えた水門を古式に則り復元保存を図るなど様々な公共の動きに呼応して、地域住民の植樹・育樹への関心も高まってきました。1986年(昭和61年)には旧紫雲寺町に「加治川さくら保存会」が生まれ、1990年(平成2年)には加治川村に「さくらの里づくりの会」が生まれました。

九、「加治川を愛する会」を紹介させていただきます
本会は、1998年(平成10年)、新発田市出身の作詞家・たかたかし先生の提唱で結成され、「子供たちに故郷の素晴しさを伝え、想いを繋ぐために」を目的に活動しております。新発田市、聖篭町の卒業生全員(1000名)に卒業記念に加治川の絵葉書セットを10年間継続贈呈致しました。
そして地味ですが、毎年、植樹・補植・草刈り・水やり・施肥等もやり、できる限りの保育に努めています。

十、加治川堤桜100年の節目
初代の桜と復元中の桜を合わせると、今年で「加治川堤桜咲き続けて100年」になります。
分水路完成から111年にも当たりますことから、11月1日に土木遺産の水門修復完成の祝いを併せて、官民一体となって計画中です。
県新発田地域振興局の御支援の下、官民協力して記念事業ができますことを心から感謝申し上げます。
本日は、本当に有難い機会を頂き、重ねて感謝申し上げます。ご静聴ありがとうございました。
(広報・樋口)

(広報誌2025年11月号掲載)