【第54回卓話の時間】日本にとってのベトナムの重要性(Ⅰ)

会の活動報告

卓話者:梅田 邦夫氏(元ベトナム大使)
日時:5月14日(火)
場所:ふれあいふるさと館(県人会館)2Fホール

「日本にとってのベトナムの重要性」を語る

ベトナム大使やブラジル大使などを歴任された梅田邦夫氏から、日本にとってベトナムの重要性は政治安全保障分野での厚い信頼感と日本の労働者不足を補う最大の貢献国であるということについてのお話をお聴きした。

卓話内容①

ベトナムは、インドシナ半島東部に位置し、正称「ベトナム社会主義共和国」。「越南」とも書く。
首都はハノイで、国土は南北に細長く、ホン川とメコン川のデルタ地帯を中心に水田農業が行われ、北部は鉱物資源に富む。1802年、阮朝(げんちょう)のもとで統一されたが、1887年以降フランスの保護領となった。第二次大戦中は日本が進駐し、戦後(1945年)、北部にホーチミンを首班とするベトナム民主共和国が独立を宣言し、フランスやその傀儡のベトナム国(南ベトナム)との間にインドシナ戦争が勃発。
1954年のジュネーブ協定によって北緯17度線を境とした南北分断が確定した。南ベトナムは1955年に米国の支援によりベトナム共和国へと体制が変更。1961年以降、米国および南ベトナム軍と北ベトナムおよび南ベトナム解放民族戦線との間にベトナム戦争が続いたが、北の勝利により1976年に南北の統一が実現した。人口1億人(2023年)10年で1千万人増。

Ⅰ.国際秩序の歴史的変革(80周期説)と今、世界が直面するリスク

国際政治では80年周期説があり、「国際秩序」と「社会の在り方」は80年毎に大きく変化してきており、現在我々は大変革期の中に生きている。また、大きな自然災害も80年毎に発生している。
1700年前後の10年間
日本:元禄地震(1703年)、宝永地震(南海トラフ1707年)
1780年前後の10年間
米国:独立戦争、平等な市民社会
欧州:フランス革命、絶対王政の打破、私的所有権を基礎とするブルジョア社会の構築、アイスランドの食糧危機・火山噴火
日本:寛政の改革、天明の大飢饉、浅間山の大噴火
1860年前後の10年間
米国:南北戦争、奴隷制の廃止、社会的構造の変化
欧州:ドイツ統一、クリミヤ戦争(露対仏・英)、ロシア農奴開放
日本:明治維新、士農工商の廃止、安政東海地震(1854-12)
1940年前後の10年間
第2次世界大戦、植民地の独立、主権平等、人種差別撤廃
日本では鳥取地震(43年)、東南海地震(46年)、三河地震(45年)

現在(2024年)、世界が直面する5つのリスク
  1. ロシアのウクライナ軍事侵攻
  2. イスラエル・ハマス紛争
  3. 中国の「力」による国際秩序変更の動き
  4. 北朝鮮のミサイルや軍事偵察衛星発射
  5. 気候変動・自然災害・難民・感染症

日本では、上記のリスクの他深刻な人口減少・労働力不足問題に直面

Ⅱ.ベトナムから見た中国の脅威

日本の危機感欠如
ベトナムと中国は陸の国境千㎞以上を共有しており、ベトナムの歴史は中国への抵抗の歴史である。中国から見ると脅かしに屈しない「目障りな国」である。米中覇権争いの中、中国にとってベトナムは取り込みたい国である。但し、ベトナム国民の国防意識調査によれば、もし戦争が起きたら国の為に戦うかという質問に対し「はい」が96.4%である。(日本は13.2%)

①歴史的背景
ベトナムは、紀元前2世紀から10世紀半ばまで中華帝国の支配下にあった。その後フランスの植民地になるまでの約950年間、中国からの侵略を繰り返し受けながら撃退し、独立を維持した。ベトナムの英雄の多くは、中国との戦いに勝利した将軍達である。

②現代の脅威
ベトナムは、大国となった中国の拡張主義を警戒している。特に南シナ海問題では、中国の領有権の主張や軍事拠点化は、現在のベトナムにとって直接的な脅威となっている。

③外交政策とバランス
ベトナムにとって中国は最大の貿易相手国であり、中国との経済的なつながりを重視し、「一帯一路」に加盟している。ただし具体的プロジェクトはない。また、主権侵犯があれば断固として戦う姿勢を示している。政治・安全保障分野では、米国との関係強化は不可欠であり、両国とのバランスに留意しつつ、国益を守っている。

(参考)
ベトナムは、永年、中国と対峙し「中国は信用できない」という行動原理が有り、対中リテラシーでは学ぶべきところが多い。尖閣諸島沖合で、中国海警局の艦船が日本の領海への侵入を繰り返しているが、加えて「沖縄は独立国であり、中国に朝貢していた。中国との縁が深い」と10年以上前から宣伝工作をしており、その辺りをきちんと認識して危機感を持たなければならない。また、中国は政治目的を達成するために、軍事力のみならず、「経済脅迫」や「言葉による脅迫」をも重視している。更に伝統的3戦「世論戦」、「心理戦」および「法律戦」に加え、政治、外交、経済、文化、法律などのあらゆる手段を使う「超限戦」を展開している。

Ⅲ.同じ共産党の統治国でも大きく異なるベトナムと中国

両国は、共に共産党一党体制を採用しているが、その統治のスタイルと国民との関係には大きな違いがある。これらの違いは、両国の政治体制の根底にある価値観と国民との関係性に深く関わっており、ベトナムが中国と異なる道を歩み、その統治スタイルは国民の意向を尊重し、より開かれた社会を目指している。
その主な違いは,

①統治のスタイル
中国は習近平体制下で独裁的かつ全体主義的な傾向を強めているが、ベトナムは集団指導体制を維持し、国民の意向を政治に反映させる努力をしている。

②国民との関係
ベトナムは「国民第一主義」とも言える統治を行って、国民の支持を得るために苦心している。一方、中国は国民を徹底的に監視し、弾圧している。

③外交政策
ベトナムはASEAN を軸に全方位外交を展開し、特に中国との関係では「本音」と「建前」を使い分けるしたたかな外交を展開している。中国は、帝国主義的な動きを強め、その外交政策は既存の国際秩序の書換え、中華民族の復興という「中国の夢」を追求する形で展開されている。

④国会と軍
ベトナムの国会は共産党や政府の決定を修正したり、拒否したりすることがあるが、中国の全国人民代表大会ではそれは考えられない。また、ベトナム軍は国民、政府および党の軍であり、最高司令官は国家主席であるが、中国の人民解放軍は中国共産党の軍であり、最高司令官は党書記である。

⑤宗教と言論の自由
ベトナムでは、実質「宗教の自由」は存在している。中国では宗教は管理の対象であり、イスラム教、キリスト教などは弾圧されている。言論の自由に関するベトナムの規制は非常に緩い。中国は徹底した監視、検閲を実施している。

今後、米中の覇権争いが一層激化すると予想される中、ベトナム共産党が、国際社会においてどういう立ち位置を取ろうとするのか、また、国内改革をどのように進めていくかは、地域の将来にも影響する重要課題である。そういう観点からは、中国共産党とベトナム共産党との違い、ベトナムの改革の方向性を引き続き注視していきたい。

【第55回卓話の時間】日本にとってのベトナムの重要性(Ⅱ)