卓話者:前川 喜平氏(現代教育行政研究会代表)
日時:3月12日(火)
場所:ふれあいふるさと館(県人会館)2階ホール
元文部科学省事務次官の前川喜平氏から教育に対する国の責務を軸に教育の無償化をめぐる諸問題についてお話をお聴きしました。
義務教育が無償ではなかった時代
義務教育の無償化は、明治33年の小学校令によって実されましたが、それ以前は学費がかかることが一般的でした。
■1886(明治19)年
森有礼文部大臣の下で小学校令を公布・施行。
第6条 父母後見人等ハ小学校ノ経費ニ充ツル為メ其児童ノ授業料ヲ支弁スヘキモノトス其ノ金額ハ府知事県令ノ定ムル所ニ依ル
明治時代における義務教育の無償化と国の財源負担
■1900(明治33)年
第3次小学校令を公布・施行。
第57条 市町村立尋常小学校ニ於テハ授業料ヲ徴収スルコトヲ得ス 但シ補習科ハ此ノ限ニ在ラス 特別ノ事情アルトキハ府県知事ノ認可ヲ受ケ市町村立尋常小学校ニ於テ授業料ヲ徴収スルコトヲ得
同年 市町村立小学校教育費国庫補助法を制定・施行。
第1条 市町村立小学校教育費ヲ補助スル為国庫ハ毎年予算ヲ以テ定ムル所ノ金額ヲ支出ス
日本国憲法・教育基本法が求める教育の機会均等と教育の無償化
現在の日本の義務教育は無償で提供されており、全ての子供達が平等な条件で学ぶことができるようになり、日本国憲法と教育基本法は、教育の機会均等と教育の無償化を重要視しています。
日本国憲法14条1項 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的及び社会的関係において、差別されない。
26条1項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有する。
2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする。
教育基本法4条1項 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
3項 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。
5条4項 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。
国際人権規約(A規約)が定める教育の無償化
国際的な視点から見た教育の無償化は、社会的な公正と平等を促進するために重要な役割を果たしています。国際人権規約において、教育の無償化は重要な原則とされており、人々の基本的な権利を保護するための国際的な法的枠組みです。この中で、教育の権利も保障されています。具体的には、国際人権規約第13条において、教育を受ける権利が明確に規定されています。
13条1 この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。(後略)
2 この規約の締約国は、1の権利の完全な実現を達成するため、次のことを認める。
(a) 初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。
(b) 種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。
(c) 高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。(後略)
教育の無償化への取り組み
国際人権規約は、教育の無償化を推進しています。これは、経済的な理由によって教育を受ける機会が制限されないようにするための重要な措置です。無償化により、すべての人々が平等な条件で教育を受けることができるようになります。
国際的な共通理解
国際人権規約に基づく教育の無償化は、世界中で共通の理解と目標とされています。多くの国が、この原則を実現するために政策を進めています。
民主党政権による高校無償化
普遍主義に基づく無償化民主党政権時代(2009年から2012年)には、高校無償化の制度ができました。所得制限を行わないという意味で普遍主義に基づく無償化でした。公立高校は法律上無償化。私立高校等は、原則公立高校の授業料分を就学支援金として交付。低所得層は上乗せ。学校設置者が代理受領。
自公政権による高校無償化の変更 選別主義に基づく支援
自民党と公明党が連立政権を組んでいる自公政権時代(2012年以降)では、高校無償化政策が見直されました。所得制限をかけて無償化の対象を限定するという意味で選別主義に基づく制度になりました。
現在の国の制度
年収910万円未満の世帯(両親と子ども2人のいわゆる「標準世帯」)の生徒が対象。授業料に充当するための「就学支援金」を都道府県から学校の設置者に交付。
就学支援金の額は、公立全日制高校の生徒:年間118,800円の授業料全額、私立全日制高校の生徒:年収590万円未満の世帯の場合は年額最大396,000円、590万円以上910万円未満の場合は118,800円。
大阪府、東京都の普遍主義による高校無償化(所得制限なし。私立学校を含む。)
大阪府と東京都は、高校無償化を普遍主義の観点から進めています。普遍主義は、すべての人々に平等な機会を提供するためのアプローチであり、所得や地域による差別を排除することを目指しています。これにより、高校無償化政策が広く受け入れられています。親が子に教育を受けさせない状況は、社会的な問題として深刻です。教育は個人の成長と社会の発展に不可欠な要素であり、すべての子どもたちに平等な機会を提供することが求められています。
親が子に教育を受けさせない理由はさまざまです。経済的な困難、文化的な制約、家庭環境、地域の問題などが影響を与えています。しかし、教育の無償化や支援制度の整備など、社会全体で取り組むことで、すべての子どもたちが教育を受ける機会を持てるようにすることが重要です。
- 大阪府では、910万円の所得制限を外した上で、私立高校の生徒については就学支援金に府の補助金を加えて年額630,000円までの授業料を全員に無償にする(事実上の公定価格化)。2024年度から段階的に実施し2026年度に完成させる予定。
- 東京都では、910万円の所得制限を外した上で、私立高校の生徒については就学支援金に都の助成金を加えて年額475,000円まで授業料を軽減。この額を超える部分は家計負担。2024年度から全面実施。
高等教育への進学率
2022年度の高等教育機関(大学、短期大学、高等専門学校、専門学校)への進学率:83.8%
生活保護世帯に属する子どもの高等教育進学率:42.2%
大学等修学支援制度(2020年~)とその問題点
高卒後2年までの者が対象→3浪以上は対象外
機関要件:実務経験のある教員等による授業科目が卒業必要単位数(又は授業時数)の1割以上配置されていること、学外者である理事の複数配置、定員充足率(3年連続8割未満はダメ)など。
- 対象の限定性:この制度は、住民税非課税世帯の子どもに限り、最大年間91万円の給付型奨学金に加えて、入学金26万円、授業料70万円を上限に減免するという内容です。対象が狭く限定されているため、全ての学生に適用されているわけではありません。
- 少子化対策の視点:高等教育の修学支援制度は、少子化対策としてスタートしました。しかし、教育の機会均等という本来の目的を忘れずに、経済的・社会的な貧困による教育格差を解消するためにより柔軟な対応が求められています。
「こども未来戦略」(2023.12.22)に基づく高等教育修学支援・無償化の問題点
- 授業料減免及び給付型奨学金について、2024年度から多子世帯(扶養される子どもが3人以上の世帯)の中間層(世帯収入約600万円)に拡大。
- 2025年度からは多子世帯の学生等については所得制限なしで授業料等を無償とする措置を講じる。ただし、支援の上限あり(大学の場合、授業料は国公立約54万円、私立約70万円、入学金は国公立約28万円、私立約26万円)
- 対象となる学部・学科の理工農系への限定
現行の政策では、多子世帯の学生や理工農系学部の学生の大学等の授業料等を無償化する方針が示されていますが、これはかえって不公平をもたらす政策です。教育の機会均等の理念に立った平等な制度にするべきです。これらの問題点を考慮しながら、より普遍的な修学支援・無償化策を検討していく必要があります。
政争の具にされる教育無償化
教育無償化は、政治的な議論の中でしばしば争点となります。しかし、教育無償化はどの政党が政権を担っても進めるべき政策であり、政争の具にするべきではありません。
- 日本維新の会の主張:全ての教育を無償化。憲法改正に盛り込む。
26条に次の項を加える。「法律に定める学校における教育は、すべて公の性質を有するものであり、幼児期の教育から高等教育に至るまで、法律の定めるところにより、無償とする」 - 自民党改憲4項目の3項目目(教育の充実)
26条に次の項を加える。「国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない」 - 吉村洋文大阪府知事、小池百合子東京都知事の教育無償化政策(上掲)
- 前原新党「教育無償化を実現する会」