【第60回卓話の時間】文春砲とは何か?

会の活動報告

柳澤 健氏 プロフィール

・1960年東京に生まれ慶応義塾大学法学部卒業後空調機メーカーを経て1984年(株)文芸春秋に入社
・2003年 独立
・2020年 著書『2016年の週刊文春』(光文社)を出版。
花田紀凱、新谷学の2編集長への徹底取材を軸に、昭和〜平成〜令和の週刊誌とスクープの現場を描くノンフィクション。

卓話要旨

『週刊文春』は、文藝春秋社が発行する日本の情報週刊誌で、1959年4月に創刊しました。明仁皇太子(当時、現上皇)のご成婚の前々日「あさっては皇太子のご結婚、今日は週刊文春の創刊日。」という広告を出した。日本の出版社系週刊誌では1956年創刊の『週刊新潮』(新潮社)と並ぶ老舗です。

凋落する紙媒体の中で唯一、週刊文春はスクープで世間を驚かせ続けています。

「新聞・テレビが書かない記事」を書く週刊誌というスタンスをとって、創刊した時から新聞社のできないこと、つまりスキャンダルとメディア批判の情報が得意で、スキャンダルといってもカネ、利権、女などの醜聞を嗅ぎまわり、ネタになるならチームを組んで動き、限られた予算でやるために「選択と集中」を考えるようにしている。

プライバシーについて週刊誌を批判する者は、プライバシーのことなど考えないと口を揃えて攻撃します。週刊誌の編集長は、場合によって顧問弁護士の意見も聞き、弁護士でさえ判断できない最後は、編集長の決断力に委ねられる。才能ある人間を不倫報道などでつぶしていいのかという批判も、それでつぶれるような才能はそれまでのことだと。

しかし、不倫取材の一部始終を写真や動画をパッケージにして、ワイドショーに買わせるというビジネスが文春の大きな収入源になり、ワイドショーの「下請け」に成り下がってきているという懸念がないではない。実際は文春砲が毎週のように炸裂しながら、実売部数が減り続けて、雑誌がなくなれば、情報も雑誌とともに消えてしまうことを危惧している。

著書『2016年の週刊文春』は、一種の稗史(はいし)であり、文藝春秋の公式見解から解き放たれた社史で、『週刊文春』の60年と「文藝春秋」の100年は、創設者である菊池寛の時代から3代目社長を務めた池島信平に田中健五、半藤一利、花田紀凱の時代と『週刊文春』歴代編集長それぞれの時代、新谷学の時代といった風に。文藝春秋が突出してユニークな会社であり、また、時の総理大臣を辞任に追い込んだとか、エピソードがゴロゴロあって面白い社史になっています。「金銭や利権、男女関係を中心にスキャンダルを追い、限られた予算の中で効率的に取材を進めるため、『選択と集中』を重視しています。」

週刊文春が読者の手に届くまでは、記者が書いた原稿に、担当デスクが手を入れてゲラにし、ゲラを校閲部に回し文字の間違いや事実関係に誤りがないかをチェックし、訴訟沙汰になりそうな記事は、法務部を通じて顧問弁護士に確認してもらい、全てのチェックが終わったゲラを最終的に編集長が確認し、校了の判断をして180ページ前後の雑誌を70万部近く印刷するには、校了は数回に分かれます。

発売日は木曜日で、最終校了は火曜日の夜8時から9時の間。直後から印刷会社が夜通し作業を行い、水曜日の昼には雑誌を載せたトラックが次々と出発します。このようなプロセスを経て書店や駅売店などで全国一斉発売が初めて可能となります。

週刊誌には巨額の経費がかかります。紙代、印刷代、デザイン費、輸送費、取次や書店への支払い、宣伝広告費、原稿料、編集部および校閲部、営業部、広告部など社員の人件費、取材経費、交通費、残業時の食事代まで、全てひっくるめてざっと1号あたり約1億円位で、編集長の仕事は、毎週毎週、億のカネを使って大バクチを打っているようなものです。

スキャンダルやメディア批判することを得意としています。

週刊誌の花形は何といっても特集記事です。電車の中吊り広告に掲げられるのは、ほぼ特集記事のタイトルです。1984年の特集記事である「疑惑の銃弾」は、あまりにも有名です。ロサンゼルスで起きた日本人女性銃撃事件は、実は保険金殺人ではないかという『週刊文春』の報道が大きな反響を呼び、テレビや新聞は首謀者と名指しされた被害者の夫、三浦和義を大挙して追い回しました。編集部員の6割近くを占める36名が所属する特集班は、大スクープを狙って情報を収集し、地を這う取材を続け、毎週のように事件を追います。スクープを狙う特集班の仕事はつらく、プラン会議では毎週5本の独自ネタの提出を求められ、取材が始まれば夜を徹した張り込みや直撃取材が続き、最後には徹夜の原稿書きが待っています。誰もが驚くようなスクープで新しい読者を呼び込み、グラビアやセクションは見て楽しい写真記事やおもしろく役に立つ読物を並べて『週刊文春』を好きになってもらい、定期購読につなげるように頑張ります。

年に一度、異動希望を社員全員からとりますが、「週刊文春」編集部を出たいという希望は全くありません。激務にもかかわらず、誰もが仕事に張り合いを感じており、若い部員に聞くと、決して楽ではないけれど、精神を病むような職場ではないと言う。社員持株会社である文藝春秋には、新潮社の佐藤一族や講談社の野間一族、小学館の相賀一族のようなオーナーはいません。トップから新入社員に至るまで、誰もが自分の会社だと思っているので、夜遅くまでワイワイガヤガヤと1年365日、学園祭をやっているようなノリが文春にはある。何といっても、編集者に求められる最大の能力は企画力です。週刊文春は何を扱えばいいのかをプランとして出し、プランの元となるのは人脈です。若いうちから人脈形成を心がけ、深い人間関係を築き人間関係があろうがなかろうが書くべきことは書き、壊れた関係は、いずれ修復すればいい。閣僚を次々に辞職に追い込み殺しの軍団の異名をとるまでになりました。2004年、『週刊文春』が総合週刊誌の発行部数トップに立ったのはこの頃のこと。少し前から、報道される側の人権がより重く、報道の自由がより軽く扱われるようになり、メディアが敗訴した場合には、以前では考えられないほど高額の賠償金の支払いが命じられた。手間とヒマとカネをかけてようやく手に入れたスクープの代償が高額の賠償金では割に合わない。『週刊ポスト』と『週刊現代』は訴訟リスクを避け、スクープを狙う戦場から撤退していった。

また、1990年代に一世を風靡したヘアヌードもすでに飽きられていたから、両誌の発行部数は急落した。読者は正直だ。一方、週刊文春は女性読者に配慮してヘアヌードを掲載せずにスクープを狙い続け訴訟を恐れずの『週刊文春』の部数は踏みとどまり、他社の急落によってトップに立ったのでした。特集記事のタイトルには、文藝春秋350名の社員たちの生活がかかっているから、編集長は1日中、時には夜を徹して必死に考え続け、命を削る仕事だ。

文春砲とは何か?Ⅱはこちら
(及川 恒夫・記)