県人会館と「歌助噺の会」

暮らしのヒント

桂 歌助

 私と県人会館との関わりは、今から30年以上までに遡ります。竹下登内閣のふるさと創生事業により「大好き十日町会」が出来ました。昭和から平成に変わった頃でした。十日町の人と東京近郊に出てきた人との交流の場として上野公園での花見が大きな事業でした。10年以上続いた会も、予算が底をつき、その役割を終えた時に、大好き十日町会にかわる新たな集まりの目玉に私を使ってくれました。

 第1回は平成15年7月17日(木)に東京新潟県人会館のホールを使い、会の名前は「歌助・天神囃子の会」。私の落語を聞いて、〝天神囃子”をみんなで唄い、お酒は地元の「天神囃子」を呑むという会でした。十日町出身者の私の応援団を結成されました。

 第2回は同年11月20日(木)に行われ、次の年からは花見と忘年会と年に2度やりました。4月と12月の年に2回の変則的な催しでした。

 第3回は平成16年3月25日(木)。この年の10月23日に中越地震があり、第4回の12月2日(木)は地元復興を願い、私はこの会の前に被災した人たちに落語で笑顔になってもらおうと落語で避難所をまわり、慰問活動をした報告をし、皆さんからの寄付を募って地元のためにみんなで何ができるか話をしました。第5回は春はやらず、平成17年12月8日(木)に忘年会を兼ねて行いました。

 平成18年は行いませんでした。1年間のブランクの理由は、平成17年4月1日に旧十日町市と川西町、中里村、松代町、松之山町が合併した直後であり、新しい十日町市の誕生ということもあります。川西町の酒の「松乃井」も十日町の酒になり、二つの酒が宴会に出されます。東京在住の十日町出身者の範囲も広くなり、県人会の来賓の方々にも参加いただき、天神囃子を宴会の最初にうたわないことになりました。

 また、松之山町出身の高橋登吉池会長との相談で、会の名前も「歌助・吉池の会」となり、第6回から第14回まで、吉池7階の畳敷きの宴会場で行ってきました。吉池ビルが建替えをすることになり、会場を県人会館に戻しました。吉池さんには弁当を手配してもらい、会費も変わりなく5,000円で行うことができました。

 第15回は平成24年4月3日(火)から第27回平成30年4月5日(木)までは県人会館で行いました。名前は「歌
助噺の会」として、花見と忘年会の会として行いました。ところが県人会館も建替えとなり、会場が使えなくなりました。
 どこにしようか、みなさんと相談の結果、伊豆榮さんをお借りして、第28回から、第30回令和元年12月3日(火)と3回開催することができました。
 31回目は新しくできた県人会館でと思っていましたところコロナが収まりません。地元十日町、新潟県を東京から盛り上げていくために「歌助噺の会」をこれからも県人会館で続けていきたいと思います。(会報誌:2021年8月)


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「歌助一笑会」
ところ:お江戸上野広小路亭
電話:03-3833-1789
木戸銭:1,500円(前売1,200円)
お問い合わせ:歌助事務所
電話:045-840-3828