暮らしのヒント

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著『順徳天皇』余話

山田 詩乃武  『順徳天皇』を今春、上梓した。早速発売直後から各方面から反響が少なからずあり、1か月を経ずに重刷となった。その要因として、本年令和3年(2021)は順徳院が「承久の変」に敗れ鎌倉幕府執権、北条義時により佐渡に配流されて...
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台湾を愛した八田與一

樋口 昭 氏 (東京新潟県人会常務理事・文化委員長)  台湾省台南県烏山頭に「烏山頭ダム…八田ダム」の企画設計、施行監修の偉業について私「日本雨水資源化システム学会」に所属致し、同学会で平成3年から2回同ダムを訪問致しております。「八...
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街道をゆく10『羽州街道、佐渡のみち』司馬遼太郎

四半世紀にわたり連載金字塔・紀行文集  『街道をゆく』は、作家・司馬遼太郎(1923~1996)による紀行文集シリーズ。作者47歳時の昭和46年(1971年)から、作者逝去の平成8年(1996年)2月迄、『週刊朝日』に連載、順次出版(朝日...
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想いは「越後の雪椿」―「雪椿」ユキツバキの発見・命名秘話(3/3)

伊藤忠孝先生の献身的な「雪椿・命名の経緯」探索  この調査は、県の農業高校校長経験者の先生方、とりわけ、中澤喜昌元加茂農林高等学校長、小倉亥作元長岡農業高等学校長両先生とご相談の上、地元阿賀町にお住まいでこの地に詳しい、旧津川...
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想いは「越後の雪椿」―「雪椿」ユキツバキの発見・命名秘話(2/3)

雪椿の幻の「発見・命名者」丸山忠次郎先生  ふたたびあの日、麒麟山の父の回想に戻ります。登った口がどのあたりからかは、今ではもう知る由もありませんが、当時の学校の所在地から考えて、おそらく津川の方からだったのに違いありません。山中...
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想いは「越後の雪椿」―「雪椿」ユキツバキの発見・命名秘話(1/3)

父から語り継がれた「雪椿」発見にまつわる話  まだ、若き日の春、父と私は東蒲原郡の麒麟山の山中にいました。麒麟山はそんなに高い山ではないのですが、それでも薄っすらと汗ばんだ体を爽やかな風に委ねていました。足元を見ると、雪椿がそこかしこ...
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フォトガイド『佐渡島絶景』 伊藤 ヨシユキ
DISCOVERY OF SADOGASHIMA ―あなただけの一枚がきっと撮れる

「私が写真を本格的に始めたのは、2014年の第1回「BSN新潟遺産写真コンテスト」に応募した作品がグランプリを受賞した時でした。審査員は、故・天野尚氏でしたが、天野さんのような写真を撮りたい。そして、写真でたくさんの人を引きつけ、地元の魅力を伝えたい。」「その後、私の撮影した写真を見て、その地を訪れ、写真を撮る人が増え、また、その人の撮った写真を見て現地で撮影の連鎖。」  本書は、そんな連鎖を手助けする「絶景スポット撮影」の恰好のガイドである。
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私の宝物……

前日の団体戦優勝に続いての個人優勝を決めた瞬間、私はコートに倒れ込んでしまった。昭和41年7月30日、新潟市白山市営コートで開催されたオールデンタル(全日本歯科学生体育連盟)大会最終日のことだった。表彰式ではこみあげてくる思いを抑えきれず、思わず涙がこぼれ落ちた。忘れられない熱い青春の涙だった。そのころ短大は、大岡山から移転して間もなく、テニス部もまた、二人の先輩のお力で、神奈川学生連盟に加盟し、そのつながりで初めての専任コーチを関東学院大学のHさんにお願いし、さあこれからという状況だった。
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榀布(しなふ)・伝統工芸品

新潟県村上市に受け継がれる、日本三大古代布と称され国の伝統的工芸品に指定されている「羽越しな布」。使うたびに手になじみ、しなやかな風合いと素朴な美しさが際立つ布です。
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順徳天皇

御製で辿る、その凛烈たる生涯  令和3年(2021年)は承久の変が起きて800年と云う大きな節目の年です。  当時、鎌倉三代将軍実朝の死をきっかけに幕府内の混乱に乗じて、幕府に対し朝廷が戦いを挑んで敗れた変です。戦後、北条義時に...
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三富 與一・画家

三富 與一(1889~1968)西蒲原郡樋曽に生まれる。1912年県庁に奉職。知事の似顔絵を画いたところ、本格的に画家になることを勧められた。1916年退職し画家を志して上京。中村不折(帝画芸術院会員、太平洋会会員)の門下生となる。フラ...
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日本の深海にあるレアアースを、世界へ

石井正一 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム SIP革新的深海資源調査技術プログラムディレクター  年々深刻化している地球温暖化は、今までに人類が経験したことも無いような気温上昇や集中豪雨や干ばつによる砂漠化現象など様々な気...